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陽射しが強い。
真っ青な空に入道雲が浮かんでいる。
暑くてベタベタして、夏は嫌いだ。
「天地兄ちゃん、それじゃあ行ってきまーす!」
砂沙美が元気良くブンブンと天地に手を振る。
「行ってらっしゃーい。帽子、忘れずに被って行くんだよ」
「うん!」
砂沙美の後ろで美星がニコニコとし、天地の後ろに居るあたしに気が付いて阿重霞がキッと睨みつけて来た。あたしはにんまりと笑って手を振ってやった。
「夕方には帰りますからね」
天地に何度も念を押し、阿重霞達は出掛けて行った。
「魎呼も一緒に行けば良かったのに」
「嫌だよ、こんなクソ暑い日に出掛けるなんて莫迦げてる」
「そうか?きっとデパートの方が冷房効いていて涼しいよ」
縁側で寝そべって、暑い暑いと言っているよりずっと良いと思うけどなあと、天地は呟いた。あたしは団扇を扇ぎ、申し訳程度の風を感じながら天地の背中を、寝そべったまま見る。天地は庭先で、阿重霞のための花の肥料を作るとかなんとか言って、
汗だくになりながら土いじりをしていた。
天地の男らしくなってきた背中が汗で着ているTシャツにピッタリと張り付いている。
「暑い中、何もそこまでしてやらなくても良いじゃないか。買いに行けば、花の肥料なんて売ってんだろう?」
此方を向いてくれない天地に少し腹が立って、あたしは背中越しに悪態を吐く。
軍手をしている手を休める事無く、天地は必死で土をかき混ぜる。
「こっちの方が良い肥料になるんだよ。それに町で買って持って帰って来るの大変だから」
「あたしが運んでやるのに」
「重いよ」
「平気だよ」
魎呼は力持ちだからな、と天地が言うので、あたしはああと返事する。
そう、重さなんて全く平気だ。天地が誰かのために必死になっているのを見るよりもずっとラク。
クスリと笑うと天地は顔を上げ、顎に伝う汗を手で拭いながら、空を見上げた。
「しっかし本当に暑いなあ。今年の暑さは半端じゃ無いなあ」
目を細めているのであろう、その背中を見つめる。カンカン照りに差す陽射しに焼け焦げそうだ。
「なあ、天地、アイスでも食おうよ」
いい加減、もう此方を向いて欲しい。少しは休憩したって良いだろう?
「あー…もう少ししたらな」
首に下げたタオルで汗を拭うと、天地は再び作業を開始した。
何だよ、あたしが居るのに。何だよ、二人きりなのに。
あたしは面白くなくてその背を睨みつける。
今なら、この陽射しにも負けないくらいの熱い嫉妬の炎を燃やせそうだ。
「魎呼」
「ん?」
「この肥料な、阿重霞さんが育ててる花に使うんだぞ」
「知ってるよ」
んな事、今更言われなくたって分かってる。だからあたしは先刻から…いや、実はこの作業をすると知った朝から不機嫌なんだ。
「阿重霞さん、毎日花の手入れしてくれてさ…」
あーあ。そうかよ、阿重霞への惚気かよ。うんざりするぜ。やっぱり、太陽の熱よりも熱いあたしの炎で天地の奴、焦がしちまおうかな。
「その花、何処に持って行くと思う?」
「知らねぇよ」
興味もない。
なのに、天地は背中を丸めて土をいじりながら、嬉しそうに言った。
「母さんの墓参りの時に、持って行ってくれるんだって」
風がひゅうっと吹き、あたしの頬を撫でて行った。
あたしは体を起こし、天地の背中をまた見つめた。
墓参りに行くのは、来週だ。
「俺、嬉しくてさ。何だか…そうやって、大事に想ってくれている事がさ。会った事もないのに。だから、せめて肥料くらいは手伝いたいなと思ったんだ」
あたしは会った事がある。優しそうな顔で、天地に子守唄を歌っていた。
天地の優しさは母ちゃん似だ。天地がそうだから阿重霞達も優しい心を持ってお前に接するんだ。
「天地、」
「ん?」
「あの歌なんだっけ?」
「あの歌?」
天地の母ちゃんがお前に歌って聴かせた子守唄。
問うと、天地は此方を向いて首を傾げた。
「ごめん、俺分からないや…」
まあ、そうだろうな。お前はまだ赤ん坊だったから。あの時は何も知らない赤ん坊だった。
いつの間にこんなに大きくなってしまったんだろう。
麦藁帽子を被っているのに、天地の顔は日焼けしていた。困った様に笑うその顔が好きだと、いま言ったらまたお前は困ってしまうだろうか。
「じゃあ良いや。天地、」
「ん?」
またも汗をタオルで拭いながら天地があたしに訊き返す。その瞳にあたしが映る。
「何でも良いから歌、歌って」
「歌?」
「そ、歌。あたしゃ、阿重霞達が帰って来るまで昼寝するからさ歌、歌っておくれよ」
「歌って言われてもなあ」
何でも良い。天地の声が聴きたいだけ。あたしにだけ歌って欲しいだけだ。ガラにもなくそんな事を思うのは、夏の暑さにあたしも浮かされているのかもしれない。
「子守唄歌ってくれれば、もう作業の邪魔しないからさ」
ごろりと再びあたしは横になる。縁側の屋根越しに見る空は高く、ゆっくりと雲が流れて行く。眩しさにあたしは瞼を閉じた。
「仕方ないなあ」
と言って、天地が歌い出したのは、子どもの歌みたいだ。
「何だよ、その歌。もっと違うのが良いぜ」
「違うのって…他に何があるんだよ?」
「ラブソングとかさ」
「ラブソングぅ?そんなの子守唄にならないだろうが」
「あたしにはなる」
目を開けて、天地を見てみれば、照れたのか天地は日焼けした肌を赤くしていた。
きひひと意地悪そうに笑うと、あたしに背中を向けてしゃがみ、また作業を開始した。
その背から聴きなれないメロディーが聴こえて来た。
「なんだい、その歌」
また瞼を閉じて、天地に尋ねる。
少し経って、天地が
「親父の昔のレコードの中にあった曲」
と呟いた。
風がすうっと駆けて行く。もうじき暑さも一段落するのだろう。
目を閉じて歌に耳を傾けていると、天地が不意に歌うのを止めた。
「魎呼、」
「んー?」
「今度、皆で夏祭りに行こうか」
「夏祭り?」
「うん。浴衣着てさ。墓参りの帰りに夏祭りに行こうよ」
再び天地を見ると、まだ此方に背中を向けていた。
あたしに背中を向けているのに、優しい天地の顔がはっきりと分かる。
その背中もその声もその表情も全てがあたしを包み込む。今、此処で背中に抱きついたら驚いて腰を抜かすだろうか。何だか可笑しくてあたしはくすくすと笑った。
その男らしい背中も大好きだよ。
「何笑ってるんだ?」
振り返った天地は、少しだけ拗ねた様な顔をしていた。
「いや、何でも。夏祭りか…。天地ぃ、あたしの色っぽい浴衣姿見たい?」
「えっ」
「見たいから誘ったんだろう?」
「違うよ、ただ俺は皆で行けば愉しいかなって…」
「んな事言って、本当は見たいんだろう?見せてやるよ、驚くなよ」
「……全く、お前は」
からかってやると、天地は大袈裟に溜め息を吐いた。
あたしはケラケラと笑った。
「かき氷の早食い競争して腹壊すなよ」
「ふん、そんな真似するかよ、ガキじゃあるまいし」
「去年、阿重霞さんと競争して腹痛いって唸ってたのは誰だったけ」
「む…」
蝉が一際大きく鳴いて、ジリジリと焼ける様な陽射しがあたしを焦がす。
でも、夏もそんなに悪くないかもしれない。
天地と一緒に過ごす夏なら、あいつらと過ごす夏なら何だか楽しめそうだ。
歌の続きを律義に歌い出した天地のその柔らかい優しい声を聴きながらあたしは目を瞑った。瞼の裏に夏の光が降り注いだ。