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「なあ、一口くれよ」
「先刻あげただろう」
「ほんのちょっとじゃんか。一口くれ」
「あのなあ。…ったくそんなにかき氷食べたいのなら冷蔵庫に入っているから持ってくれば良いだろう」
「天地のが良いんだよ。お前、美味そうに食うから」
「人のを横取りするな」
「人が食ってるのは美味そうに見えるもんだろ?な、だからもう一口」
「…全く、お前って奴は」
「何だよ、かき氷くらい良いじゃないか。夏祭りの時は阿重霞にりんご飴食べさせてたくせに」
「あれは、お前が阿重霞さんのりんご飴を地面に叩き付けたからだろう?」
「阿重霞が離さなかったから結果としてそうなっただけであたしの所為じゃないだろ」
「いいや、あれはどう見てもお前が悪かった。お前が阿重霞さんのりんご飴取り上げて、揉み合って、阿重霞さん突き飛ばして、挙句、りんご飴落として」
「何言ってんだよ、あいつだって悪りぃんだぜ。あたしの新しい浴衣にりんご飴の餡をわざと付けようとして」
「わざとじゃないだろう?」
「いや、あれは絶対わざとだ」
天地が大きく溜め息を吐く。やれやれという顔だ。どうしてお前はそうなんだよって説教が始まるのが分かる。いつもの事だから。
「だからさあ、お前はどうして…」
ほら始まった。阿重霞ともっと仲良くしろとか、仲良くできなくても良いから普通に接しろとか、少なくとも町中で祭りの最中に派手な喧嘩は止してくれとか、天地はそんな事をあたしに繰り返して説いてくる。
「良いか、わかったな魎呼」
「わかんねぇよ」
「何で、」
「何で?じゃあ言うけど、何であたしにばっかり言うんだよ。いっつもあたしばっかり。たまにはあいつの事も叱れよな」
「いっつもって…いつもお前が喧嘩を売ってるからだろ?」
「んな事ねぇよ、あいつが仕掛けて来る時だってあるもの」
面白くない。全く、面白くない。天地はいつだってあいつに目をかけてやる。それを責めると決まって天地はそんな事無い、平等に接してるって言うけどそんなの嘘だ。天地が気付いてないだけで、いっつも阿重霞ばかりを贔屓している。
「…分かったよ、今度からは一緒に叱るよ。でも、魎呼が一歩引いてくれれば阿重霞さんだって魎呼と喧嘩しようとは思わないんじゃないか」
「何であたしが一歩引かなきゃなんねぇんだよ」
「え…」
「あいつが引けば良いだろう」
そうだ、あいつが天地から身を引けばいいんだ。
ぶすっとした顔で、庭先を睨むあたしに、天地は困っている様だった。
「…阿重霞さんの事、嫌いか?」
「嫌いじゃない」
「じゃあ…さ、」
「嫌いじゃないけど好きじゃない」
誰だってそうだ。別段、阿重霞が憎い訳でも嫌いな訳でもない。ただ厭なのだ。単純に厭なんだ。誰だって同じ。お前の、天地の瞳に映る女は全員厭なんだ。
「…魎呼…」
横で天地が途方に暮れているのが分かる。でも仕方ないじゃないか、厭なものは厭なのだ。どうしたって変える事ができない。もしできるとすれば、この想いを捨てる時。でもそんなのあたしに出来るだろうか。あたしがお前以外の男に惚れるなんて出来るだろうか。宇宙が引っ繰り返ってもそんな事出来ないとあたしは思う。
天地の手の中のかき氷がジワジワと溶けて行く。
蝉が最期の叫びの様に激しく鳴いている。
「かき氷やるから、機嫌直してくれよ」
困り果てた天地が黙って俯いたままのあたしに手の中のかき氷を差し出す。
そんな子どもだましの手には引っ掛かってやらないぞと思うのに、あたしの手は自分の意に反してかき氷を受け取ってしまう。レモン味のそれは、もう半分以上溶けている。
「今度は、魎呼にもりんご飴買ってやるよ。阿重霞さんにだけ買った訳じゃないけど…魎呼の分、買ってやるから」
りんご飴の事、まだ恨んでると天地は勘違いしている。そんなのもう気にしていない。
りんご飴じゃないよ天地。あたしの欲しいものは。
「そうだ、今度、コンビニに行ったら魎呼の好きなかき氷も買ってやるよ。何が良い?」
「……天地も一緒に買いに行ってくれるのか?」
「うん、良いよ」
「あたしも一緒に行って良い?」
「良いけど…」
「じゃあ、デートだな、コンビニデート」
あたしが笑っていうと、天地がえっ!と慌てた。焦る天地の顔は可愛い。
そんなつもりじゃないと言ってももう遅いぜ、天地。あたしはもう決めちまったんだ。
どんなに叱られてもやっぱりお前以外には惚れないって決めちまったんだ。
あたしも大概未練がましいなと自嘲する。
口に入れたレモン味の氷は、少しだけ酸っぱく感じた。